むかちん歴史日記167 日本の強い女性たちシリーズ② 大奥の礎を築き、徳川の安定に寄与した~春日局(斎藤福)
新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)
今日は、日本の強い女性シリーズの第二弾ということで、
春日局(斎藤福)(1579-1643)
を紹介します!!!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E6%97%A5%E5%B1%80
◆春日局(斎藤福)は、明智光秀の重臣であった斎藤利三の娘として美濃国に誕生します。
父、利三は光秀に従い、本能寺の変で織田信長を討つものの、山崎の戦いで豊臣秀吉に敗れ、処刑、兄弟は落ち武者となって流れ落ちたというのが通説です。
そのため、福は母が稲葉良通の娘であったことから稲葉家に引き取られ、清水城に身を寄せます。
福は稲葉家の縁者で小早川秀秋の家臣である稲葉正成の後妻となります。
正成は関ケ原で主君の秀秋を説得して東軍に寝返らせ、徳川家勝利の一因を作った功労者でありました。
徳川秀忠の嫡子、竹千代(のちの家光)の乳母となり、
家光が将軍となると、「将軍様御局」として大御台所江のもとで、公務を取り仕切るようになります。
江の没後は福が家光の側室探しに尽力をし、老中を上回る実質的な権力を握るようになっていきます。
このときに福は、大奥の制度をその辣腕によって確立させていくのです。
1629年には「春日局」の名号を賜ります。
強大な権力を身に着けた春日局の縁者は出世を遂げます。
春日局は大奥に迎えれ入れた側室たちが子を産み、
のちの将軍、家綱や綱吉が誕生するのです。
こうした女性ながらに権勢をふるった春日局は
1643年死去します。64歳でした。
むかちん