むかちんの歴史日記

歴史大好き男による歴史のあるあるやトリビアを綴る日記★

むかちん歴史日記123 日本の名司会者〜逸見政孝

新宿から歴史を発信!!むかちんです(〃^∇^)o_彡☆

 

今日は日本の有名アナウンサーにして、名司会者の一人

 

逸見政孝さん(1945-1993)

 

を紹介します♬

 

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参照元 

https://matome.naver.jp/odai/2140419489055774401/2140739451872757503

 

◆30代以上の方は、逸見さんといえば、日本テレビの「クイズ世界は SHOW BY ショーバイ」の司会などで親しみがあったのではないかなと思います。

 

早稲田大学卒業後、

フジテレビの局アナとして入社。

アナウンサーの試験では、試験官に一目置かれるほどの実力を発揮したそうで、

それもそのはず、逸見はアクセント辞典が真っ黒になるくらい努力していたそうです。

 

ただ、入社時の逸見は「地味」「暗い」「つまらない」という評価を受けていたそうであったが、大橋巨泉は「逸見が突然、人気アナウンサーになるかもしれないぞ」とその後の活躍を予期していたそうです。

 

逸見がその頭角を現したのは、スポーツアナウンサーとしての仕事をしていた時だそうで、選手より先に倒れてしまうのではないかというレベルの絶叫ぶりで、注目を浴びるようになりました😄

 

その後、逸見は報道へ転出。

夕焼けニャンニャン』の後のニュース番組の予告に逸見が登場していたのだが、

そこでの片岡鶴太郎とんねるずとの掛け合いが、当時のアナウンサーの堅いイメージと違って、そのひょうきんなキャラクターでお茶の間に受けて、これが転機となっていきますヽ(・∀・)人(・∀・)ノ

これによって逸見の人気が爆発的に上がります。

 

のちにフリーへ転身。『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』、『夜も一生けんめい。』、『たけし・逸見の平成教育委員会』などの番組に出演し、お茶の間に親しまれる存在になります。

 

逸見は世田谷に当時の金額で12億円のイギリス風の邸宅を建てます。

 

◆逸見は時間厳守で知られ、自身にも他人にも時間の徹底をしていました。

それに気を使ったスタッフが逸見より早くくるようになると、

逸見が申し訳ないという気持ちになって、さらに早くくるの繰り返しになったそうです。

 

また時間にルーズな人間を非常に嫌っていたとも言われています。

 

◆病魔が逸見を襲います。

逸見は1993年に日本テレビで記者会見を行い、自身が癌であることを公表します。

 

1993年12月24日、この世を去ります。享年48歳

 

◆名言

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(アナウンサーに必要なものは何ですか)向上心です

 

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外見にこだわる人って多いですね。自分を実物以上に見せようと外側を飾り立ててる人。外見を飾り立てる暇があれば、その時間に本を読んだり、人と出会ったりしなさいと言いたいですね。出会いの数だけ自分が大きくなる、磨かれる

 

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むかちん