むかちんの歴史日記

歴史大好き男による歴史のあるあるやトリビアを綴る日記★

むかちん歴史日記153 世界の文豪をめぐる旅行シリーズ③ 中国の文豪~魯迅

新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)

今日は世界の文豪をめぐる旅行シリーズ、第3弾!ということで

中国の文豪

 

魯迅(1881-1936)

 

を紹介します(*‘∀‘)

 

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参照元 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%AF%E8%BF%85

 

魯迅はもともと理系の学校で学んでいて、

1902年から1909年、日本に留学し仙台医学専門学校(後の東北大学医学部)で

医学を学びつつも、文学に惹かれていきます。

 

魯迅ニーチェダーウィンなどの西洋哲学や、ゴーゴリチェーホフなどのロシア文学から非常に大きな影響を受けます。

 

日本で出版事業なども行うが、うまくいかず、

1909年、中国へ帰国します。

 

◆帰国後の魯迅はもっぱら中国文学の典籍研究に没頭します。

これは当時の袁世凱軍閥が主導権争いを繰り広げているという政治状況に失望したからといわれていますが、

魯迅の文学へのモチベーションは文学革命を機に再燃します。

 

1918年5月雑誌「新青年」に『狂人日記』を発表します。

また1921年には彼の代表作といえる『阿Q正伝』を発表します。

 

魯迅北京大学、北京女子師範学校で講師も務めますが、

彼の在任中の1926年、日本の内政干渉に対して強く抗議を求める運動を学生が行ったのに対し、中国政府の軍隊が発砲するという「3・18事件」が起こります。

魯迅はこれに対し、強く批判すると、政府の指名手配者としてリストアップされ、

魯迅はしばらく潜伏生活を余儀なくされるのです。

 

魯迅は最期の6年ほどを国民党にたいする反体制文学者として執筆をつづけます。

彼は文学者や小説家として大成する道を選択せずに常に論争の場に身を置き続けたといえます。

 

こういう観点から左派的な理念の中では文学的英雄といわれ、

彼の死後、『魯迅全集』が作られますが、中国現代文学では、空前の出来事であり、

中国共産党から送られた栄誉といえます。

 

◆名言

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もともと地上に道はない。
歩く人が多くなれば、
それが道になるのだ。

 

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自己満足しない人間の多くは
永遠に前進し、
永遠に希望を持つ。

 

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青年時代に
悲観していてはいけません。
徹底的に戦うのです。

 

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目的はただ一つしかない。
それは前進すること。

 

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最後の勝利は、
喜ぶ人々の数にあるのではなく、

どこまでも進撃する
人々の数にある。

 

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うしろをふり向く必要はない。
あなたの前には、
いくらでも道があるのだから。

 

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決心する限り、
奮闘する限り、
必ず成功する。

 

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天才なんていない。
僕は他人が休んでいる時間も
仕事をしていただけだ。

 

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むかちん