むかちん歴史日記163 日本の政治家を巡る旅行シリーズ③ 日本に消費税を導入〜竹下登
新宿から歴史を発信!!!むかちんです(〃^∇^)o_彡☆
日本の政治家を巡るシリーズ、第三弾!今日は
竹下登(1924-2000)
を紹介しますヽ(・∀・)人(・∀・)ノ
参照元https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%8B%E7%99%BB
◆竹下元総理は歌手のDAIGOの祖父として最近では有名ですが、
この竹下元総理です。
竹下は島根県議を2期務めた後、1958年に島根から衆議院選挙に立候補し、トップ当選を果たします。
佐藤派に所属し、佐藤派の橋本登美三郎の寵愛を受け、橋本が佐藤内閣で内閣官房長官に就任すると、竹下は内閣官房副長官に抜擢され、ニューリーダーとしての頭角を現し始めます。
その後佐藤内閣の後期に内閣官房長官として47歳で初入閣、佐藤派から田中角栄の田中派が独立する際も田中派に参加し、後輩議員の面倒も引き受け、
田中内閣でも官房長官、三木内閣で建設大臣、大平内閣で大蔵大臣を務めるなど、キャリアを積み上げていきます。
竹下は1985年、田中の反旗を翻す形で、勉強会として「創政会」を立ち上げ、この動きに激昂した田中に猛烈な切り崩しに合うが、その最中に田中が脳梗塞で倒れます。
田中側についた二階堂進の二階堂派、竹下派、そして中間派の3つに分裂した田中派でしたが、資金力に乏しく、田中の影響力も弱まっていた二階堂派は少数派閥に転落、竹下派が正式に独立します。
このときの竹下派に参加したメンバーは
現在も衆議院議員として自由党党首を務める小沢一郎やのちの総理、橋本龍太郎、小渕恵三、羽田孜、軍人と呼ばれた梶山静六、のちに民主党最高顧問になる渡部恒三などがおりました。
また、鳩山由紀夫や岡田克也も若手議員として参画していました。
1987年に内閣総理大臣に就任。
長期政権になると見られましたが、1988年リクルート事件が発覚、竹下自身にもスキャンダルが降りかかり、1989年、内閣総辞職に追い込まれます。
竹下は総理辞任後も隠然たる影響力を持ち続け、宇野、海部、宮澤政権でもその影響力を持ち続けますが、
佐川急便事件で竹下派会長であった金丸信が逮捕されると、後継会長に小渕恵三を強引に置き、羽田孜を推した小沢一郎らが反発、宮澤内閣不信任案に同調する形で、自民党はついに野党に転落します。
1994年、自社さ連立の村山政権で自民党が政権復帰すると、
竹下は再び影響力を持ちます。
1999年から体調を崩し、2000年に政界引退宣言、同年、亡くなります。
76歳没。
◆名言
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汗は自分でかきましょう。手柄は人にあげましょう。
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雑談上手を目指せ。その効用は計り知れない。第一、人にかわいがられる。
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むかちん