むかちん歴史日記301 グルメを食べながら聞きたい世界の王を語る① ヨーロッパ世界を作り出した〜カール大帝
新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)
今日は グルメを食べながら聞きたい世界の王を語るシリーズの第一弾!
中世以降のヨーロッパを形成した
カール大帝(742-814)
を紹介します(*^▽^*)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%A4%A7%E5%B8%9D
◆カール大帝の出生については諸説あるが、はっきりしたことはわかっておらず、時期・場所いずれも不明瞭です。
カールの父、ピピン3世は751年にはすでに主君であったメロヴィング朝のキルデリク3世から王位をはく奪して、フランク王に即位しており、
ピピン3世の子であるカールとカールマンが後継と目されました。
768年にピピンが死去すると国はカールとカールマンにより二分され、
両社は不仲であったとされますが、
771年にカールマンが死去すると、カールマンの妻がカールの下に亡命し、カールがフランク全域を統治するようになりました。
カールは46年間という長きにわたり、フランクを統治しますが
その間に53回もの軍事遠征をおこなっています。
イタリアを征服して、中部イタリアの地を教皇領として献上し、
イタリアにフランク系の貴族を大量に送り込みます。
この貴族たちが後世のイタリア貴族の起源となっていきます。
772年にはドイツ北部にいたゲルマン民族の一派、ザクセン族を服属させようとして、
ザクセン戦争を開始し、遠征は10回以上に及びましたが、
ドイツ北部の広大な地をフランク王国下に置きました。
またカールはパンノニア平原にいたアヴァール族の討伐に動き出しました。
結果として東にも大きく範囲を広げました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%A4%A7%E5%B8%9D
※青がカール即位時のフランク王国、赤橙がカールの獲得領、黄橙がカールの勢力範囲、濃赤はローマ教皇領
カールは結果として
イギリス、アイルランド、イベリア半島、イタリア南端部をのぞく西ヨーロッパ世界の政治的統一を達成、
イングランド、デンマーク、スカンジナビア半島をのぞく全ゲルマン民族を支配を果たしました。
800年、ローマ教皇レオ3世は、カールに「ローマ皇帝」としての帝冠をさずけま。
これがいわゆる「カール大帝の戴冠」という出来事です。
カールは中世以降のヨーロッパ世界をかたちづくり、
814年に71歳で逝去します。
むかちん