むかちん歴史日記160 ランチタイムに読みたい日本の作家・漫画家シリーズ⑤ 妖怪漫画の元祖~水木しげる
新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)
今日は妖怪漫画の元祖、
水木しげるさん(1922-2015)
を紹介します。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%9C%A8%E3%81%97%E3%81%92%E3%82%8B
◆水木しげるは妖怪漫画の第一人者といわれています。
鳥取県境港市で育ちますが、まかない婦として出入りしていた景山ふさ(のんのんばあ)が話していた妖怪話に強い影響を受けます。
太平洋戦争下ではニューギニア戦線、ラバウルへ出征し、米軍の攻撃で左腕を失います。
この経験がのちに描く反戦漫画に大きな影響を与えます。
日本に復員後は、生活のために紙芝居作家を経て、上京。
1960年から断続的に『墓場鬼太郎』を発表します。
https://www.mirainoshitenclassic.com/2017/12/o_3.html
1963年『悪魔くん』、1965年には週刊少年マガジンやサンデーで貸本時代に描いていた『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』が掲載され、妖怪漫画の第一人者としての地位を築きます(≧▽≦)
『ゲゲゲの鬼太郎』に至っては6回もアニメ化されるという非常に人気作となりました。
http://shino-pi.tripod.com/animesong/kitaro.htm
一躍妖怪ブームを巻き起こした水木は1970年には連載が11誌にも達することになります。
もともと非常にマイペースな性格であったため、睡眠時間だけはきちんととっていた水木ではあったが、この時期に関しては徹夜などもしてめまいがするくらいになったといいます。
「漫画家では大金持ちにはなれない」と痛感したそうです。
このころ、戦時中に出征していたニューブリテン島に久々に行き、ここから『総員玉砕せよ!』を執筆しました。
水木は90歳を超えても新作漫画を描き続けました。
そして2010年には水木の妻、武良布枝の著書『ゲゲゲの女房』がNHK朝の連続ドラマ小説で放映されました。
2015年、水木はこの世を去ります。93歳でした。
◆名言
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好きなことに情熱を注いで、人生を生き切ること
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ラクはいつでもできます。でも、ラクばかりしてると、もっと苦しいことが待っていたりする
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苦しむことから逃げちゃイカン。人生はずっと苦しいんです。苦しさを知っておくと、苦しみ慣れする。これは強いですよ
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本気で人を幸せにしようと思ったら、自分が傷つくことくらい覚悟しなくちゃいかんのだ
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運なんてものはない。あるのは突撃力だけ。弱い人は逃げ出すけれど、人間はこうなると思えばなる。突撃力さえあれば、何でも成し遂げられる
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我を忘れて没頭できること、本気で夢中になれることなら、どんなにアホなことでもいい
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私は片腕がなくても他人の3倍は仕事をしてきた。もし両腕があったら、他人の6倍は働けただろう。命を失うより片腕をなくしても生きている方が価値がある
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成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない
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むかちん