むかちんの歴史日記

歴史大好き男による歴史のあるあるやトリビアを綴る日記★

むかちん歴史日記245 ランチタイムに読みたい日本の文豪を巡るシリーズ⑤ 社会派ドラマの女王~山崎豊子

新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)

 

今日はランチタイムに読みたい日本の文豪を巡るシリーズの第5弾!!!

社会派の小説を何本も世に送り出し、ドラマにもなった作品も多い

 

山崎豊子(1924-2013)

 

を紹介します(*^▽^*)

 

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参照元 

http://www.bunshun.co.jp/pick-up/unmeinohito/reference/interview/index.html

 

山崎豊子は大阪の老舗昆布の店に1924年誕生します。

1944年、旧制京都女子専門学校国文学科を卒業後、毎日新聞に入社し、

大阪本社調査部を経て、1945年学芸部へ移り、井上靖の下で記者として訓練を受けます。

 

新聞社勤務の傍らに小説を書き始め、1957年、実家の昆布店をモデルに『暖簾』を刊行、小説家デビューすると、すぐに映画化、ドラマ化され、人気を博します。

 

翌年吉本興業を創業した吉本せいをモデルに大阪人の知恵と才覚を描いた『花のれん』により第39回直木賞受賞し、新聞社を退社、作家生活をスタートさせます。

 

山崎の初期の作品には地元大阪に密着した作品が多く、

大阪商人の典型を描いた『ぼんち』、

そして、1963年より大阪大学医学部をモデルにした『白い巨塔』は鋭い社会性が話題となり、田宮二郎主演で映画化されたほか、何度かドラマ化もされました。

 

1970年から連載開始した『華麗なる一族』も神戸銀行をモデルにした経済小説で、佐分利信主演で映画化、二度ドラマ化されるなど、注目を集める作品でした。

 

その後は大阪から離れて、『不毛地帯』、『二つの祖国』、『大地の子』の戦争3部作の後、

日本航空社内の腐敗や日本航空123便墜落事故を扱った、『沈まぬ太陽』を発表します。

 

1991年には菊池寛賞を受賞、1993年には山崎豊子財団を立ち上げて、

日本に帰国した中国残留孤児の子供の学資を援助します。

 

2005年から2009年までは沖縄の密約がらみの事件である西山事件をモデルに『運命の人』を連載、発表します。

 

山崎は綿密に取材をし、世界中を渡り歩き、という努力を重ねてきて、

非常に多くのリアリティのある社会性の高い小説を世に送り出してきました。

 

山崎は2013年に『約束の海』の執筆を始めますが、1部の途中で体調を崩し、入院します。同年、呼吸不全により89年の生涯を閉じます。

 

◆名言

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骨の折れるしんどい仕事をしていると、作者にしか味わえない楽しみをそっと忍ばせてみたくなるのです

 

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(「運命の人」について)私はこの物語を悲劇として描きました。この悲劇をもたらした国家権力の欺瞞に対する、強い怒りをこめたつもりです

 

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特別な秘訣なんてありません。私はいつも、ただ良い小説を書こうとしているだけです。ただ、そのための時間と労は惜しみません

 

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作家として日本の将来を考えた場合、本当に勇気を持って書き続ける精神を失ったら“ 作家の死”を意味する。命ある限り勇気を持って書く

 

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『原稿用紙と万年筆を持ったまま棺に入る』覚悟でいる

 

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私には、若くして死んでいった人間たちへの責任があります。だから半世紀も作家を続けてこられたのです

 

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自分の血で描いているという思いがあります

 

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むかちん