むかちん歴史日記403 中国の歴史的勇士達③ 前漢時代に最大の北方民族匈奴を討伐した武人~衛青
新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)
今日は中国の歴史的勇士達シリーズの第3弾!!!
前漢の時代に幾度となく苦戦した北方民族を討った武人
衛青(生年不詳ー紀元前106年)
を紹介します(*^▽^*)
参照元
https://www55.atwiki.jp/eirei/pages/63.html
◆衛青は北方民族匈奴と境を接する北方で幼少期を過ごしますが、彼は身分がとても低く、奴隷のように扱われ、父親からも虐待を受けていたとされます。
青年期を迎えてもその扱いが大きく変わることはありませんでしたが、
彼の姉である衛子夫に、前漢の武帝が一目ぼれをし、彼女を後宮へ迎え入れることになったのです。
そして、彼女は武帝の寵愛を受け、子どもも授かります。
姉のおかげで衛青も引き上げられることとなり、奴隷のような生活から脱却、宮廷に赴いて、武帝に仕える幸運をつかみ取ります。
しかし、陳氏は寵愛を受ける衛子夫に嫉妬し、なんと衛青を拉致して監禁してしまいます。
彼の友人に発見され、命拾いすることになります。
武帝は衛子夫が身ごもったと知ると、衛青を宮中顧問官に引き上げて、自らに仕えさせます。
このころの武帝は中華に侵入してくる北方民族匈奴を忌々しく思っていました。
武帝はこれを討伐し、長城の以北に追いやりたいと考え、衛青を匈奴討伐軍勢に加え、討伐の命令を出します。
一万騎を与えられた衛青は、他の将軍がなしえなかった武功を収めます。
彼は匈奴を次々と打ち破って、数百名の捕虜を得て帰還したのです。
衛青は2回、3回と匈奴を討伐し、ついに大将軍に任じられます。
その後も匈奴討伐を行い、彼は匈奴から恐れられる存在となっていました。
さらに彼の甥にあたる霍去病も力をつけ、将軍として衛青とともに匈奴を討伐していきました。
そして、ついに匈奴の領地に進軍し、彼らのリーダー、単于である伊稚斜(いちさ)の軍勢と戦になります。
匈奴を壊滅的に追い込みましたが、単于には逃げられてしまいます。
霍去病とともに武功をあげて戻ってきた衛青ですが、
霍去病が武帝より高く評価されるようになり、
人材も霍去病に集まるようになりました。
それでも衛青は不満を言わず耐え忍びました。
しかし、霍去病は突然に亡くなってしまうのです。
これには衛青も悲しみました。
衛青は晩年、自分の息子が罪を犯し、憂慮しました。
そんななか、衛青は亡くなります。
武帝も衛青の死を大いに嘆いたそうです。
むかちん