むかちん歴史日記406 紙幣に登場してきた歴史の偉人たち① 拾円紙幣になった貴族~和気清麻呂
新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)
紙幣に登場してきた歴史の偉人たちシリーズの第一弾!!!
拾円紙幣にもなった貴族
和気清麻呂(733-799)
を紹介します(*^▽^*)
参照元
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%B0%97%E6%B8%85%E9%BA%BB%E5%91%82#/media/File:Wake_no_Kiyomaro_statue.JPG
764年に藤原仲麻呂が武力で政権奪取をしようとした藤原仲麻呂の乱では孝謙上皇側について参加、翌765年には、乱での功労により勲六等の叙勲を受けます。
766年、従五位下に叙爵し、近衛将監に任ぜられます。
769年、宇佐八幡宮の神官がその神託として、道鏡を皇位に就かせれば、天下泰平になる、と奏上します。
清麻呂は参宮し、宣命を読もうとした際、それを聞くことを拒まれ、不審に思った清麻呂が再度、託宣されていた神社の禰宜に問うと、「道鏡は排除すべき」という神託を言われます。
清麻呂はこれを戻って称徳天皇に報告すると、道鏡に継がせたいと思っていた称徳天皇は怒って、別部穢麻呂(わけべ の きたなまろ)と改名させて、
道鏡は流されている途中の清麻呂を暗殺しようとしたらしいのですが、これは失敗に終わったそうです。
770年に称徳天皇が崩御して後ろ盾を失った道鏡は失脚、清麻呂は京に呼び戻され、復位し、豊前守に任じられて、官職に復帰します。
さらに781年に桓武天皇が即位すると、庶務に熟達していたことが評価され、実務官僚として高官に任じられます。
また784年に遷都してから10年の長岡京に見切りをつけて、平安京への遷都を桓武天皇に進言したのも清麻呂とされ、自身も建都事業に尽力します。
799年、享年67歳で亡くなります。
その後、清麻呂は鎌倉時代末期の楠木正成などに並ぶ勤皇の忠臣とされ、戦前には拾円紙幣の肖像とされました。
参照元
http://mobile.city.kashiwara.osaka.jp/docs/2017091800059/
むかちん