むかちんの歴史日記

歴史大好き男による歴史のあるあるやトリビアを綴る日記★

むかちん歴史日記483 日本の名映画監督、脚本家③ ドキュメンタリー、映画、娯楽幅広く携わった監督~市川崑

新宿から歴史を発信!!!むかちんです(≧▽≦)

 

今日は日本の名映画監督、脚本家シリーズの第三弾!!!

 

娯楽映画、ドキュメンタリー、テレビドラマなど幅広く活躍した監督

 

市川崑(1915-2008)

 

を紹介します(*^▽^*)

 

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参照元 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E5%B4%91

 

市川崑は1915年に現在の三重県伊勢市の呉服問屋の家庭に誕生します。

当初が画家に憧れていましたが、財産がないと難しかったため諦めます。

しかし、1932年に公開された伊丹万作監督の『国士無双』を見て、感動し、映画界に志望を変更しました。

その後、少年時代にみたウォルト・ディズニーのアニメーション映画にあこがれて、アニメーターとなり、アニメの下絵描きからスタートします。

 

1945年8月6日、広島に原爆が投下されますが、奇跡的に広島にいた家族は全員無事でした。1948年、市川は実写映画に場を移して監督デビューします。

 

1955年、映画製作を再開したばかりであった日活で『ビルマの竪琴』を発表、さらには大映に移籍して毎年のように映画を発表します。

特に1960年の『おとうと』は自身初のキネマ旬報ベストワンに輝く作品となりました。

 

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参照元 https://movie.jorudan.co.jp/cinema/22284/

 

1965年製作の『東京オリンピック』は当時の興行記録を塗り替えます。

 

テレビ放送が開始されたのちは、映画界にはテレビを敵視したり、蔑視するものも多かったのですが、市川はこれにいち早く目をつけて、積極的に進出しました。

 

1972年に監督・監修を務めた中村敦夫主演の連続テレビ時代劇『市川崑劇場・木枯し紋次郎シリーズ』(フジテレビ)は斬新な演出などで歴史に残る名作となりました。

 

1970年代後半には横溝正史の『金田一耕助シリーズ』を手掛けます。

これを機に横溝正史ブームが巻き起こりますが、市川は他にも『細雪』などの文芸の大作も手掛けていきます。

 

2008年肺炎のため、病院で死去します。92歳でした。

 

むかちん